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「富貴」さん

 

今日は神奈川県横浜市金沢区にある「富貴(とみたか)」さんを紹介します。

 

 

かつてこの近くには風光明媚な入り江が続く景勝地があり「金沢八景(かなざわはっけい)」と呼ばれていました。

 

今でもその名は地名として残っていますが、かつての美しい海岸線は埋め立てられ、味気ない工場や住宅地となってしまいました。ところどころに残された公園から、かろうじて、かつての面影を偲ぶことができるのみです。

 

 

こちらは、歌川広重によって描かれた、『金沢八景』の中の『野島夕照(のじまのせきしょう)』で有名な野島の公園から海の方向を眺めた景色です。

 

 

お店は、この公園駅からシーサイドラインという無人運転の交通システムに乗って15分程のところにある、金沢区並木のシーサイド商店街の中にあります。

 

 

 

店頭は雑然とした雰囲気ですが、中は昭和の和菓子屋さんといった風情で、子供の頃よく行っていた近所の饅頭屋さんのことが思い出されました。

 

何十年も使いこまれた重厚な古いショーケースの中に、色とりどりの和菓子が並べられています。

 

 

神奈川県指定銘菓「祇園舟」、明治神宮献上銘菓「四季の華」、横浜金沢ブランド認定菓子「金沢とうふ」、神奈川銘菓コンテスト優勝菓「和のトリュフ」など、輝かしい肩書をもつ逸品ばかりですが、その中から、今回は全国菓子大博覧会で名誉総裁賞を受賞したこちらの一品を選びました。

 

 

優雅な柄友禅があしらわれた菓子袋にひとつひとつ収められ、丁寧に紐で結んで封がされています。

 

菓銘の脇に「誰にも親切 父母を大切に」という一言が添えてあるのもいいですね。こんな美味しいお菓子を食べれば、みんな心優しい気持ちになれるでしょう。

 


「金沢八景・栗まんじゅう」

しっとり、こんがりと焼き上げられた風味豊かなおまんじゅうで、中は餡に包まれた栗が一粒入っています。 

 

一見、何の変哲もない栗入りのまんじゅうですが、白餡ではなく、栗餡で栗が包まれているので、栗の味がより凝縮されていて、口中に幸せな香りが満ち溢れます。

 

味わっているうちに、腰高のまんじゅうの形が、小高い山状の野島のようにも見えてきました。

 

 

 

 

さてさて、本題の上生菓子ですが、6種類あり、その中の「蓮の花」と「銀杏青葉」はすでに発表済なので、残りの4作品をここでお届けします。

 

「朝顔(あさがお)」煉切製:富貴

ピンクと白にぼかし染めた煉切で小豆こし餡を包み、手技にて朝顔の花をかたどります。さらに、中央に黒胡麻と刻んだ錦玉をのせ、グラス絞り羊羹で蔓を描き、緑の羊羹製の葉を添えたお菓子です。

 

朝顔の蔓や葉はもちろんのこと、花の筋模様やシベ、さらに漏斗部に溜まった露まできめ細やかに表現されています。

 

 

「ほおずき」煉切製:富貴

橙色と黄色にぼかし染めた煉切に一部分緑色の煉切を付け、小豆こし餡を包み、茶巾で絞りながらほおずきをかたどります。最後に、葉柄を乾燥させたものを挿し、ヘタに見立てています。

 

ほおずきを写した上生菓子の見所の一つとして、ヘタの表現方法があります。細長くかたどった煉切で表す以外に、乾燥茶葉、ほうじ茶の茎、乾燥昆布、松葉、ごぼうの甘煮など、実にいろいろなものが代用されています。

 

 

「桃果ちゃん(ももかちゃん)」羽二重餅製:富貴

薄紅色に染めた白こし餡のなかに桃の角切りを入れ、白い羽二重餅の生地で包み、手技にて桃の実をかたどり、表面にオブラートの粉末をまぶしたお菓子です。

 

このお菓子のレシピは、神奈川県菓子工業組合が2015年に創作したものです。この組合に所属する和と洋の菓子職人が集まり、プロジェクトチームを結成し、試行錯誤を繰り返しながら誕生したものです。

 

もともとは雛祭り用のお菓子として作られたもので、同組合加盟店150店舗で販売されました。お菓子の作成は同じレシピをもとに、各和菓子店で行われるので、素材や形の微妙な違いが生じ、価格も各店で異なるという面白い企画です。

 

 

「桃から生まれた桃果ちゃん」というキャッチフレーズを書いたシールも共同制作され、菓子ケースに貼って販売されました。

 

雛祭りはとっくに終わりましたが、富貴さんでは、桃の季節に合わせ、今回、リバイバル販売しています。

 

ピンクに色づけした桃餡を、薄い羽二重餅生地を通して透けさせることで、熟した桃を表現しています。

 

絹のようにやわらかい餅生地と口溶けのよい餡に加え、角切りの桃の果実が口の中ではじけ、芳醇な甘さがいっぱいに広がります。

 

 

「菊(きく)」煉切製:富貴

黄色と白にぼかし染めた煉切で小豆こし餡を包み手技で菊花をかたどり、橙色の煉切製のシベ、緑の羊羹製の葉を配したお菓子です。

 

菊の花の一部分を切り取り、象徴的に表現した意匠は、日本ならではの「省略の美」の精神に通じるものがあると思います。

 

 

 

「富貴」さんは、一地方都市の小さな和菓子屋さんといった佇まいですが、チャレンジ精神が旺盛で、いろいろなコンテストや大会に参加したり、テレビ東京の「全国和菓子職人選手権」にも出演されています。

 

また、本年1月には、味の素AGFが主催する、歌舞伎「勧進帳」をテーマにした和菓子コンテストに応募し、見事、優秀賞を受賞されています。

 

 

今後も目が離せない、注目の和菓子屋さんです。