見て聴いて嗅いで触れて味わう上生菓子

 

 

『和菓子は五感の総合芸術である』 

 

これは「とらや」16代目の故・黒川光朝氏の名言です。 

 

 

つまり、 

 

「聴覚」 和菓子の名前(菓銘)を耳で聴いて楽しむ 

「視覚」 目に映る和菓子の美しさを愛でる 

「嗅覚」 ほのかな香りを感じとる 

「触覚」 手で触れ、楊枝で切るときの感触を味わう 

「味覚」 口に含んだ時のおいしさを堪能する 

 

 

昭和54年(1979年)に「とらや」で創作された上生菓子「遠桜(とおざくら)」を例にあげて、五感をフルに使って感じてみましょう。

 

 

『聴覚』

 

「遠桜」という菓銘を聞くと、もう花見の季節なんだなあと、今年も巡ってきた春の喜びをしみじみ感じます。 

 

「まだ醒めぬ山を幾重に遠桜」 

 

桜を詠んだ句は無数にありますが、その中で私のお気に入りの一句。これは、角川書店創業者、角川源義氏の奥さんであり、俳人でもあった故角川照子氏の句。菓銘を聞いてこんな句が思い浮かぶのも和菓子ならではの風情ですね。 

 

 

『視覚』 

 

白と薄紅色の華やかな色、そぼろの繊細な造形、はるか遠くに見える桜の濃淡や、春特有の霞がかった様子などが見事に表現されています。 また、お菓子の色形だけでなく、器とのバランスも鑑賞します。

 

 

『嗅覚』 

 

和菓子全般に言えることですが、ほとんど香りはありません。この「遠桜」もかすかに小豆の匂いがする程度。特に上生菓子は本来お茶席でいただくものですから、茶の香りの邪魔にならないように、素材そのものの匂い以外に香りを付けることはないのです。小豆をはじめ、山芋、葛、栗、柚子、百合根などの素材そのものが持つほのかな香りや、桜葉や柏葉、笹などの移り香を楽しみます。香料やエッセンスの匂いの強い洋菓子とは根本的に違う点です。 

 

 

『触覚』

 

手で持って食べるとき、その重さの感覚、指先に触れる“きんとん”生地特有のやわらかい感触、菓子楊枝で切った時に外側の“きんとん”の部分と、内側の粒あんの部分の切れ味の違い、口に含んだ時の舌触り、噛んだ時の歯触り、舌の上で溶解してゆく感触、飲み込んだ時ののど越しなど様々な触覚が楽しめます。 

 

 

『味覚』 

 

さすが「とらや」さんだけあって、味が洗練されています。味を言葉で表現するのは本当に難しいですが、一言でいえば、月並みな表現になりますが、“上品な甘さ”ということになるでしょう。 さらに、こだわりぬかれた素材の風味を感じ取り、お菓子の味と、その後の濃茶とが見事に溶け合う感覚を味わいつくします。

 

 

和菓子、特に上生菓子は本当に奥が深いです。 

 

このように茶道はもとより、日本古来の文学とも深く結びついた和菓子は、歌舞伎や狂言などとともに、日本を代表する伝統文化、伝統芸術といえると思います。